(中之条ビエンナーレ2019 / 群馬県中之条町 / 2019)
古木材・和紙・樹齢130年の丸太・糸・モーター・ベアリングなど
様々なものが可視化されている現代において、見えないものを想像することは難しくなっているのかもしれない。
土地柄として大風が吹き、かつては屋根が吹き飛んだ場所であることから昔からこの土地では風は自然の象徴的な存在であると言える。
一方で材木商で一財をなした群馬県で最大級のこの大屋敷には、かつての繁栄や影響力を持った痕跡が、まるで切り株のように今も残っているように感じる。屋敷の外には、屋根と柱だけで建てられた風通しのよい木小屋があり、かつては使用人も住んでいたこの家で使う大量の薪が保管されていた。
地域の住民に話を聞かせてもらったが、当時の威厳からか、未だに近づくのが恐れ多いという存在だという。今は空き家になっている建物に、見えない存在感は残っていると感じた。
私は、この大屋敷のそばにそびえ立ち、その歴史をずっと見てきたであろう、樹齢120年を超える大木の杉の丸太に、この場所に吹く風の痕跡を残すことにした。 年輪は歴史の痕跡であり、そこに風という見えないものの存在を痕跡として層を重ねる。
2階に風で揺らぐ巨大な翼を設置し、その動きが糸を伝って1階に設置された滑車と鉄筆に伝わり、樹齢130年の丸太の上に塗られたロウを削り、風の痕跡を残す仕掛けをした。一方で、丸太は電気モーターの力で一日一回転し、痕跡 を残す鉄筆の位置は常に変わる。会期の1か月をかけて風と電気の動きの双方によって丸太に痕跡が残されていく。
一方で、この原風景の広がる山間集落に突如として現れる鉄塔。福島や新潟で作った電力を首都圏に送り続けてきた電力網である。中之条町は福島第一、第二原発と新潟の柏崎刈羽原発からの送電線の交差点となっている。原発事故以降、誰もがエネルギーの存在に関心を抱いたが、時間が経つ中でその存在は問い続けなければならない存在である。エネルギーの問題は絶え間ないが、人はそれから離れることはできないだろう。それを問うために風とエネルギー両方の力を利用して双方の痕跡を残すことにした。
不可視であるエネルギーからも不可視である風を始めとした自然からも生かされてる人間の生活は、まさにこの年輪の上の痕跡と同様である。この痕跡を客観視した時、我々に何か新たな気づきを与えてくれるかもしれない。